映画『まる』感想|アートとは何か?を問う物語
1.あらすじ
美大を卒業した沢田(堂本剛)は、アートで生活できず、著名な現代美術家・秋元のアシスタントとして働いている。創作への意欲もなくなり、与えられた作業を淡々とこなす日々。
ある日、通勤途中に事故で右腕を骨折。仕事を失い、帰宅した彼は、床を這う一匹の蟻に導かれるように、黒い○(まる)を描く。その絵がSNSで拡散され、正体不明のアーティスト「さわだ」として注目を集めるが、名声と引き換えに、沢田の生活は徐々に「まる」に侵食されていく――。
詳細あらすじ(ネタバレ含む)
あらすじ(ネタバレを含みます)
『まる』あらすじ
停滞する日常
美術大学を卒業した沢田(堂本剛)は、現代美術家・秋元洋治のアシスタントとして働くが、創作への情熱を失い、単調な日々を過ごしていた。ある日、自転車事故で右腕を骨折し、仕事を失う。無気力な生活の中で、彼の人生は一変する。
「まる」の誕生
自宅で蟻の動きに導かれるように、沢田は左手で黒い「まる」を描く。気まぐれで描いた絵がSNSなどで拡散され、その絵は瞬く間に話題となり、謎のアーティスト「さわだ」として注目を集める。評論家やメディアが「まる」に哲学的な意味を見出し、沢田は一躍時代の寵児となる。
名声と葛藤
突然の名声に戸惑う沢田に、アートディレクターの土屋が現れ、「まる」の新作を高額で買い取ると持ちかける。大手ギャラリーからの個展オファーも舞い込み、沢田は成功を収めるが、他人の解釈で作品が価値づけられることに違和感を覚え始める。
崩れる虚像
個展中、元同僚の矢島が作品に絵の具を塗りたくって「アーティストを搾取するな!」と叫ぶ。さらに、隣人の売れない漫画家・横山が「まる」を描いて沢田を名乗り始める。沢田は自分が本当に描きたい絵に挑戦するが、土屋に「売れない」と一蹴される。耐えかねた沢田は「まる」の絵を拳で突き破り、その場を去る。
新たな生活
都会を離れ、田舎で静かな生活を始めた沢田は、かつての恩師(柄本明)と再会。交通整理をしながら「底辺×高さ÷2」と叫ぶ先生の姿に、沢田は何かを感じる。空を飛ぶ鳥の群れを見上げながら、彼は自分だけの生き方を模索し始める。
キャスト&スタッフ
登場人物とキャスト
- 沢田(演:堂本剛) – 人気現代美術家のアシスタント。
- 横山(演:綾野剛) – 売れない漫画家。沢田が住むアパートの隣人でもある。
- 矢島(演:吉岡里帆) – 現代美術家のアシスタント。
- モー(演:森崎ウィン) – ミャンマー出身のコンビニ店員。
- 田中(演:戸塚純貴) – 現代美術家の新人アシスタント。沢田の後輩だが、彼に対してふてぶてしい態度を取る。
- 吉村(演:おいでやす小田) – 高校時代に沢田と同級生だった男。
- 大家さん(演:濱田マリ) – 沢田と横山が暮らすアパートの大家。
- 先生(演:柄本明) – 謎に包まれた人物。
- 土屋(演:早乙女太一) – アートディーラー。
- 古道具屋(演:片桐はいり) – 古道具屋の店主。
- 秋元洋治(演:吉田鋼太郎) – 沢田がアシスタントを務める人気現代美術家。
- 若草萌子(演:小林聡美) – 野心的なギャラリーオーナー。
監督・脚本
音楽
スタッフ一覧
制作プロダクション
製作・配給
2.モデルとなった人物は?
現代美術家・秋元 = 村上隆?
大量のアシスタントを雇い、アイデアを具現化させていく制作スタイルは、村上隆さんのやり方に非常によく似ていると感じました。アーティストというよりプロデューサー的な視点も印象的です。
黒い「まる」のモチーフ = 草間彌生?
「まる」といえば、水玉模様で世界的に知られる草間彌生さんが思い浮かびます。特に強迫的に繰り返される「形」と「執着」は、草間作品に通じるものがあります。
「さわだ」のサイン = 相田みつを?
筆文字で書かれた「さわだ」のサインには、「にんげんだもの」で知られる相田みつをさんの書体を彷彿とさせるものがありました。素朴であたたかみがあり、それゆえに多くの人に届く力を持っている。
3.アートにある「自分軸」と「他人軸」
この作品を見て強く感じたのは、アートには少なくとも2つの軸があるということです。
- 自分軸:自分が「いい」と思える作品をつくること
- 他人軸:他人に評価されること(SNSや市場での成功など)
これはどちらかが正しいわけではなく、両方あっていいもの。ただ、バランスが崩れると苦しくなる。「さわだ」は、自分軸を置き去りにし、他人軸に偏っていったことで崩れていきました。
4.アートとは何か? それは「立ち止まること」
「アートとは、立ち止まること」だと思います。
たとえば、道端に落ちている石ころを美しいと感じる。
その石を展示したとき、それはもうアートになっている。
「誰でもできそう」だけど、誰もやらなかったことを、やったという事実。
そこに価値がある。
アートは「役立つ/役に立たない」で測れるものではなく、世界の見え方を豊かにする装置のようなもの。
それは、コロナ禍で人々が立ち止まり、「働くって何だろう?」と考え始めたあの時間にも通じます。
立ち止まって、考えて、感じる。
それこそがアート的な行為なのだと、この映画は教えてくれます。
彼が円を書いたこと円がアートなのではなく、彼が円を通じて奇妙な世界に迷い込んだ、その体験こそがアートだったように思えます。惰性のまま続けていた、アシスタントをやめて、立ち止まったその時間が愛おしいのではないだろうか。
5.最後に:「まる」は、僕たちの人生そのもの
まる、という形は数学的にも美術的にも美しい。始まりも終わりもなく、どこまでもつながっていく。
この映画を観て、僕はふと思いました。
「僕たちの人生も、まるなのかもしれない」と。
まるの中には空白がある。だからこそ、何かを描ける余地がある。
「まる」に導かれるように、僕も自分だけの表現を、もう一度信じてみたくなりました。
この映画が誰かの「まる」の始まりになりますように。
